大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(ラ)307号 決定 1966年12月09日

抗告人

味岡敬

代理人

田辺哲夫

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は、「原決定を取り消す。千葉地方裁判所執行吏遠藤昭は、抗告人の委任により東京簡易裁判所昭和三五年(サ)第四八七号建物収去命令申請事件の決定に基づき強制執行を実施すべし。」との裁判を求め、その抗告の理由は、別紙抗告の理由補充書記載のとおりである。

よつて判断するに、本件記録に徴すれば、抗告人が申立外(債務者)宮口サヨとの間に昭和三〇年一月一九日成立した東京簡易裁判所昭和二九年(ユ)第九四号土地明渡調停事件の調停調書の執行力ある正本に基づき同裁判所に対し千葉県銚子市飯沼町二〇四番地の二(債務者の住所地)所在の木造瓦葺(現在トタン葺)二階建店舗兼居宅一棟建坪一八坪五合、二階一三坪(以下、本件建物という。)の収去命令を申請し、昭和三九年三月九日千葉地方裁判所執行吏は本件建物を債務者の費用において収去することができる旨の決定(授権決定)を得、これが確定したこと、千葉地方裁判所執行吏遠藤昭は抗告人の委任により昭和三九年四月二四日以後数次にわたり右執行現場に臨んだが、債務者の夫宮口孫次郎が病臥中であり、かつ執行猶予の申出があつたため抗告人代理人の承諾を得たうえ執行を延期して来たところ昭和四一年四月一日の執行期日において抗告人代理人の申出により右孫次郎の病状につき銚子市立病院副院長医師橋本貫一の診断を求めた結果脳卒中後遺症、気管支ぜん息、心臓ぜん息、のため絶対安静を要する旨の診断を得、債務者からも同市内須藤医院医師須藤節也作成同年三月一七日付の同様趣旨の診断書の提出があつたので執行不能と認めて期日を終了したことが認められ、抗告人は右執行吏の処置を不服として原審に異議の申立をしたものであることは記録上明らかである。

右に見るような執行裁判所が民事訴訟法第七三三条第一項によつてした代替執行の授権決定にもとづき債権者が執行吏に委任して建物収去の命令の執行を実施するに際し執行に当る執行吏がその第一段階たる債務者の当該建物からの退去を求めるについて債務者が積極的に抵抗し、若しくは任意退去を肯んぜず建物を占拠して譲らないようなときには執行吏は執行吏執行等手続規則第五六条、民事訴訟法第五三六条第二項の規定により債務者の抵抗を排除するため威力を用いる等強制力を行使してもその執行を遂行すべきものであり、これひつきよう前記の如き代替執行の授権決定にもとづく執行吏の行為は執行裁判所のする執行の一環たるの意味を有するが故である。従つてもし事に当る執行吏がその職務上の義務に違背し、もしくは当然なすべき行為をしないときは執行債権者はこれについて民事訴訟法第五四四条第一項にのつとり異議を主張し、執行裁判所の是正を求めることができるものというべきである。

しかしかかる執行にあたり、債務者が病臥中のためその移動により病勢悪化の危険があると認められるときは右執行に着手することができず執行不能に終るほかないのであり、債務者の占有補助者たる債務者の同居の親族の一員について同様の事情があり、債務者においてこれが看護の必要があるときもこれと同じ措置をとることができまた、とらなければならないことは人命尊重の立て前からして当然である。これを本件についてみるに、前記宮口孫次郎が本件建物収去命令の執行に伴う移動により病勢が悪化し、ひいて生命にも危険を及ぼすおそれがあつたことは前記認定事実に微して明らかであり、抗告人提出援用の証拠によつてはまだ右各医師の診断が誤りであるゆえんを認めるには足りず、抗告人主張のような債務者及び孫次郎の移転先として別途に居宅が用意されているという点も孫次郎が任意これに応じない限り右判定を妨げるに足りる資料ではないし、その他に右認定を動かすべき証拠は存在しない。

従つて、本件建物収去命令の執行に際し前記執行吏のとつた措置は適法であり、抗告人としては右孫次郎の病状の好転その他事情の変更をまつて執行の再開を求めるほかはないというべく、本件異議の申立は理由がなく、これを排斥した原決定は相当である。

よつて、民事訴訟法第四一四条、第三八四条に従い本件抗告を理由のないものとして棄却することとし、主文のとおり決定する。(浅沼武 間中彦次 柏原允)

抗告の理由補充書(省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例